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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)168号 判決

東京都武蔵野市西久保1丁目11番10号

原告

八代文子

東京都東村山市本町1丁目20番22号

被告

東村山税務署長 小林多嘉雄

右指定代理人

野崎守

外3名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被相続人磯野義雄の死亡による相続開始に係る相続税につき,原告が昭和60年8月21日にした更正の請求に対し,被告が昭和60年12月24日付けでした更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,昭和53年8月21日,被相続人磯野義雄(以下「本件被相続人」という。)の死亡(同年2月21日)による相続開始に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告をしたが,被告は,昭和56年8月12日付けで本件相続税につき更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件更正処分等」という。)を行った。原告は,昭和60年8月21日,被告に対し,本件相続税につき更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をしたが,被告は,同年12月24日付けで更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をした。

2  原告は,昭和61年2月5日,被告に対し,本件通知処分につき異議申立てをしたが,被告は,同年4月30日付けで右申立てを棄却する旨の決定をした。これに対し,原告は,同年5月23日付けで国税不服審判所長に審査請求をしたが,同所長は,昭和62年3月25日付けで右請求を棄却する旨の裁決をした。

3  被告は,本件被相続人の遺産分割は,昭和53年7月30日に行われているものであり,本件更正請求は法定の期限を徒過した不適法なものであるとして,本件通知処分をした。

4  しかしながら,本件更正請求は,次のとおり法定の期限にされたものであるから,本件通知処分は違法である。

(一) 本件被相続人の遺産については,原告を含む共同相続人全員の協議により,昭和53年4月9日付けで遺産の一部分割協議書が,更に同年7月30日付けで遺産分割協議書(以下「本件分割協議書」という。)がそれぞれ作成された。

(二) 本件分割協議書の4条は,本件被相続人の配偶者磯野悦子を除いた5人の相続人(本件被相続人の子)が,本件分割協議書の1ないし3条に記載した財産以外の財産(以下「4条遺産」という。)及び債務を各5分の1ずつ均等に相続することを定めている。右定めは,配偶者の法定相続分を控除した後の相続財産を「子」の法定相続分の割合により各15分の2の割合で均等に相続することを明らかにしたものであり,更に,4条には,「上記財産の各人への個別の分割協議は,昭和54年2月21日を目途として完了できるよう相互に協力するものとする。なお,この財産の評価は相続税課税額によることとし生前贈与の加算方法等については,上記5名において信義的に協議して決定するものとする。」との記載があるが,この記載は,本件分割協議書が作成された時点において,4条遺産が帰属未定であり,未分割であつたことを示すものである。したがって,4条の定めは,共同相続人間に4条遺産を子が各5分の1ずつ分割取得することについて合意があったことを示すものではない。

(三) 本件分割協議書作成後においても,本件被相続人の相続人の一人である磯野正雄は,4条遺産のうち総額67,392,313円の現金等の財産を分割協議が完了するまで保全管理のためと称して占有していたが,その後,同人は,本件分割協議書の4条の定めを無視して,右財産の全部を横領した。これに対し,原告は,同人の右横領による財産取得を認める旨の意思表示をしたため,本件分割協議書による遺産分割協議の内容は,その一部が変更され,原告の相続分8,976,308円を磯野正雄が分割取得するに至った。原告が,右事実を知ったのは,昭和60年8月2日である。

(四) したがって,原告が相続税法32条1号に規定する事理が生じたことを知った日である昭和60年8月2日の翌日から4月以内である同月21日に,原告が被告に対してした同号による本件更正請求は,適法なものである。

(五) なお,原告は本件更正処分等について,審査請求をしたが,これに対する国税不服審判所長の昭和57年9月28日付け棄却裁決の理由中には,「遺産分割協議書第4条に定められている帰属未定財産及び債務に係る各人への個別の分割は,未だ完了していないことが認められる。」旨の記載がある。被告は,国税通則法102条の規定の適用を受け,右裁決と異なる見解を採ることは許されない。

5  よって,原告は,被告に対し,本件通知処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4について

冒頭の主張は争う。(一)の事実は認める。(二)は,本件分割協議書に原告主張の各記載があることは認めるが,4条遺産が,本件分割協議書が作成された時点において,帰属未定であり,未分割であったとの事実は否認する。(三)は否認する。(四),(五)は争う。

3  同5は争う。

三  被告の主張

1  本件通知処分の経過は,別表のとおり,である。

2  原告は,本件更正請求が相続税法32条1号(更正の請求の特則)によるものである旨主張するが,本件においては,次のとおり本件被相続人の相続財産の全部が共同相続人において本件相続税の申告書を提出する時点で既に分割されており,原告は同法11条の2第1項の規定に基づいて相続税の申告書を提出しているのであるから,同法32条1号の規定の適用の余地はなく,失当である。

(一) 本件被相続人の遺産は,本件相続税の申告書が提出される前の昭和53年7月30日に,その全部につき共同相続人間において分割協議が成立し,右同日,本件分割協議書が作成されているところ,本件分割協議書には,共同相続人の各自が署名し,各自が印鑑登録証明書により証明を受けた印章により押印をしていて,しかも,原告からも右遺産分割協議の成立について取消し又は無効の主張がなされた経緯がないことからすれば,右遺産分割協議は共同相続人全員の合意に基づいて有効に成立したものということができるのである。

(二) 本件分割協議書によれば,原告は,①小平市大沼町2丁目451番1外4筆の土地2,573.3m2の6分の1(1条),②相続した財産のうち動産を現金化したもの8,400,000円(3条),③前記①,②及び磯野悦子が単独で取得した2条掲記の財産以外の財産(4条遺産)及び債務の各5分の1(4条)を取得したのである。

もっとも,原告は,4条遺産は帰属未定の財産であるとし,これを未分割財産と主張しているが,4条遺産は,右遺産分割協議によって,共同相続人の単純共有となったのであるから,もはや民法898条による相続財産の共有ではなく,したがって,4条遺産を未分割財産であるとする原告の主張は失当である。

(三) 更に,右遺産分割協議の結果に基づいて,原告が昭和53年8月21日に提出した相続税の申告書によれば,右申告書第11表「相続税がかかる財産の明細書」の合計表の「未分割財産の価額」欄に取得財産価額が記載されていないことからみても,4条遺産を未分割財産とは認識していないものということができるのである。

(四) また,磯野悦子は,本件被相続人の配偶者であるが,本件相続税の申告において,右遺産分割協議に基づいて取得した財産について,相続税法19条の2(昭和55年法律第51号による改正前のものをいう。以下同じ。)の規定による配偶者に対する相続税額の軽減の適用を受けている。

ところで,未分割財産は,右相続税額の軽減の適用対象となる財産には含まれないものとされている(同法19条の2第2項)ところ,磯野悦子に関し,申告書の添付明細書(第3表)の合計表の「分割財産の価額」欄に取得財産の価額115,890,342円と記載され,「未分割財産の価額」欄には金額の記載がないことから,原告と同様,共同相続人の一人である磯野悦子においても右遺産分割協議による財産の取得をもって遺産の分割確定と認識していたことは明らかである。

(五) 原告は,国税不服審判所長がした裁決の理由中に,「遺産分割協議書第4条に定められている帰属未定財産及び債務に係る各人への個別の分割は,未だ完了していないことが認められる。」旨の記載があるから,被告は,国税通則法102条の規定の適用を受け,右裁決と異なる見解をとることはできない旨主張するが,右裁決の「各人への個別の分割」が未完了という意味は,民法256条による分割が行われていないとする趣旨であるにすぎないことは前後の文意に照らし明らかであるから,原告の主張は失当である。

(六) 原告は,本件分割協議書4条の定めは,配偶者の法定相続分を控除した後の相続財産を「子」の法定相続分の割合により相続することであるから,右割合により相続した財産は帰属未定財産である旨主張するが,右4条の定めは,2条により磯野悦子が単独で取得した財産及び3条により原告が単独で取得した財産を除外した財産を原告を含めた「子」である5人が各5分の1の均等の割合で取得するという内容の分割方法が合意されたものであり,「子」の法定相続分の割合と一致する場合は未分割財産であるとする原告の主張は,何ら理由がない。

3  本件通知処分の適法性について

本件相続税について適用を考え得る余地のある更正の請求は国税通則法23条1項に規定されているそれであるところ,右規定による更正請求書の提出期限は,法定申告期限から1年以内とされているのであるから,本件相続税については,法定申告期限である昭和53年8月21日から1年を経過する日の同54年8月21日までである。

しかるに,原告は,相続税法32条1号の適用を主張し,未分割財産についてその分割を知った日は昭和60年8月2日であるとしているが,右主張は,前述のとおり,到底是認し得ないものであり,右規定の適用はないといわなければならない。そうすると,本件更正請求は,国税通則法23条1項に規定する期限を経過した昭和60年8月21日になされたものであるから,更正をすべき理由がない旨の本件通知処分は,適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張はすべて争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3,4(一)の各事実及び同4(二)のうち,本件分割協議書に原告主張の各記載があることは当事者間に争いがない。

二  右一の事実に,成立に争いのない甲第1号証,乙第1号証,第2号証の1ないし7,第3ないし第10号証,第13号証の2,第22,23号証(乙第13号証の2については原本の存在も争いがない。)を総合すると,以下の事実が認められる。

1  本件被相続人は,昭和53年2月21日死亡し,その相続人は,配偶者磯野悦子並びに子である磯野正雄,後藤貞子,磯野恒雄,原告及び磯野達雄の6名であった。

2  本件被相続人の遺産については,右相続人全員が協議し,その合意に基づき,昭和53年4月9日付けで右遺産の一部についての分割協議書が,更に,同年7月30日付けで右遺産の全部についての本件分割協議書が作成された。

3  本件分割協議書には,本件被相続人の遺産を次のとおり各相続人が取得する旨の記載がある。すなわち,

(一)  小平市大沼町2丁目451番1外4筆の土地については,右6名の共同相続人がそれぞれ6分の1ずつ均等に相続する(1条)。

(二)  小平市大沼町2丁目456番4外1筆及び右2筆の土地を除いた相続財産から債務及び葬式費用を控除した純資産価額に生前3年以内の相続人に対する贈与財産価額を加算した金額の総額の3分の1に金2,500,000円を加算した額を磯野悦子が単独で取得する(2条)。

(三)  相続した遺産のうちの動産を現金化した8,400,000円を原告が取得する(3条)。

(四)  右(一)ないし(二)に記載した財産以外の財産及び債務を,磯野正雄,後藤貞子,磯野恒雄,原告及び磯野達雄の5名が5分の1ずつ均等になるよう相続する(4条)。

4  原告を含む共同相続人全員は,本件分割協議書による右合意内容に基づき,昭和53年8月21日,被告に対し,右遺産の全部が既分割であることを前提として税額を算出した相続税の申告書を提出した。

5  被告は,原告に対し,昭和56年8月12日付けで本件更正処分等を行ったが,その処分の理由は,土地評価の誤りによる増額等であって,右遺産の一部が未分割であることを理由とするものではなかった。

以上の事実が認められ,右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係によれば,本件被相続人の遺産は,昭和53年7月30日,共同相続人全員の協議によりそのすべてが分割されたものと認めるのが相当である。

この点に関し,原告は,右本件分割協議書作成の時点(昭和53年7月30日)では,右遺産のうち4条遺産については未分割である旨主張する。そこで考えるに,本件分割協議書の4条には,前記3(四)の記載に続けて,「上記財産の各人への個別の分割協議は,昭和54年2月21日を目途として完了できるよう相互に協力するものとする。なお,この財産の評価は相続税課税額によることとし生前贈与の加算方法等については,上記5名において信義的に協議して決定するものとする。」との記載(以下,「4条後段部分の記載」という。)があることは当事者間に争いがない。

右4条の趣旨如何であるが,①遺産の分割は,必ずしも共同相続人一人一人について個々に財産を帰属させる方法で行わなければならないものではなく,ある財産については全部又は一部の共同相続人の持分割合(もちろんその割合は法定相続分と同一の割合でもよい。)を定めて共有とする方法による分割も認められること,②同条に記載された合意内容によれば,4条遺産については,配偶者を除いた5人の相続人が5分の1ずつの持分割合で均等に相続するというのであるから,右の定めを,4条遺産が民法898条による分割前の共有状態にあることを単に確認したものとみることは到底できないこと,③前記認定のとおり,本件分割協議書が作成されてから20日間ほど経過した時点で,原告を含む共同相続人全員が,被告に対し,本件被相続人の遺産全部が既分割であることを前提として税額を算出した相続税の申告書を提出しており,これによれば,右申告の時点はもとより,その直前である本件分割協議書作成の時点においても,共同相続人全員が右遺産の全部が既分割であると認識していたことが窺えること,④4条後段部分の記載は,4条遺産に含まれる個々の財産を前記5名の共有から最終的にそのうちの誰に帰属させるかという点についてその後の右5名の相続人の協議に委ねる趣旨を明らかにしたものということができること,⑤個々の財産の帰属が,本件分割協議書作成の時点で未定であることと,遺産としての右財産が,その時点で既分割であることとは,必ずしも矛盾しないこと,以上①ないし⑤の点に照らすと,右4条の趣旨は,原告を含む右5名の相続人が,各自,4条遺産の5分の1相当の持分を分割取得したものとみるのが相当であり,これを未分割であるとする原告の主張は採用し難い。

なお,原告は,原告が本件更正処分等についての審査請求をした際における国税不服審判所長の昭和57年9月28日付けの棄却裁決の理由中の記載内容が,原告の主張に副うものである旨主張(請求原因4(五))するが,前掲乙第23号証によれば,右裁決の理由中には,原告が指摘する内容の記載があること,右記載の部分に,「また,帰属未定財産は,単に,それを構成する個別財産の具体的な帰属ないしその方法等が協議決定されていないだけであって,その5分の1相当部分が請求人に分割取得されていることは,……明らかである。」との記載があることが認められ,これらの記載を全体としてみれば,原告指摘に係る記載箇所は,本件分割協議書の4条の趣旨について,前記④に述べたと同様の理解をしていることを明らかにしたものとみられるから,原告の右主張は採用し難い。

してみると,本件分割協議書が作成された時点で,4条遺産を含む本件被相続人の遺産の全部が共同相続人全員の合意により分割され,原告がした本件相続税の申告及び被告がした本件更正処分等は,いずれも,右の分割合意を前提とするものであって,4条遺産について,これを未分割であるとしたうえで,民法の規定による相続分の割合に従って課税価格が計算されていたものではなかったことが認められるから,本件更正請求については,相続税法32条1号所定の更正の請求の特則を適用する前提要件(申告,更正において,相続税法55条の規定により未分割財産について民法の規定による相続分の割合に従って課税価格が計算されていた場合との要件)を欠くものというべきである。

三  以上によれば,本件更正請求は,これを原告の主張するとおり相続税法32条1号の規定によるものと解しても,右規定の適用の前提要件を欠くものとして不適法といわざるを得ない。

また,本件更正請求は,本件相続税の法定申告期限である昭和53年8月21日から1年以内の期間の満了する日を経過した後にされているから,国税通則法23条1項の規定によるものとしても,不適法というほかはない。

そして,他に本件更正請求を適法とする根拠は見出し難いから,本件更正請求を不適法なものであるとしてされた本件通知処分は,結局適法なものというべきである。

四  よって,原告の本訴請求は,その理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民訴法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 高橋利文 裁判官 青野洋士)

〈以下省略〉

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